渡辺えりさんトークイベントレポート

2023年4月2日(日) アップリンク吉祥寺にて

私は映画『屋根の上のバイオリン弾き』を高校2年生の時に観ました。当時演劇クラブに入っていたんですが、あまりに感動して、部室で最初から最後まで内容を言いながら、台詞と歌を歌いながらみんなに解説したという、そういう映画だったんです。「Do you love me~」とかありますでしょ?ああいうシーンを観てすぐに覚えて、部室で発表していました。だから、周りのみんな、観ていないのに泣いていた、という思い出の作品です。

デヴィッド・ルヴォー演出版の魅力

しばらくずっと温めてというか、ずっと「そういう映画があった」と思っていて、ブロードウェイに行く機会があり、そのときに実際にデヴィッド・ルヴォー(David Leveaux)が演出した『屋根の上のバイオリン弾き』を観ました。そしたらガラッと印象が変わって、デヴィッド・ルヴォー演出の『屋根の上のバイオリン弾き』は、日本の歌舞伎の影響をかなり受けているんです。歌舞伎の場合、実際に演奏者が舞台の上にいて演奏しますよね。彼もそういう演出をしたんです。ミュージカルと言うと、舞台の前のオケピットの中に演奏家がいるのが普通だと思うんですけど、日本でずっと演出をしていたということもありますが、デヴィッド・ルヴォーは日本の演劇が好きで。歌舞伎のような形で、バンドの人も舞台に上げてやっていたんですね。すごく感動したのを覚えています。

今、『屋根の上のバイオリン弾き』に思うこと

今回メイキングの、楽屋裏の話を中心とした『屋根の上のバイオリン弾き物語』を観て、自分が当時考えなかったことを思ってまた感動しました。まず、映画の舞台設定がウクライナだったということ。これは高校生のときには全くわかりませんでした。つまり旧ソ連(ソ連が色んな、そのあとに独立した国も含めて、巨大な国家をつくっていたわけですが、)の中の、ウクライナに住んでいるユダヤ人たちが追い出される話だ、ということを高校2年生のときに全く気がつかなかったんですね。しかも、撮影したのがユーゴスラビアだったということも全く知らずに観ていました。映画の風景が、当時の山形の田舎の風景とそっくりだったんですよ。私が生まれたのは昭和30年で、木造りの家であるとか、馬車とか。牛乳を入れる容器は、映画と全く同じものを使っていたんです。牛乳を入れる三角形の、叩くとへこむアルミみたいなやつ。全く同じ形のものが山形にあったんです。私が生まれた山形県山形市の馬車に積んである牛乳ですね、乳搾りしてやるやつ。それが、映画に出てくるのと同じなんですよ。当時高校2年のときに観て、だから全く外国という感じがしなかったんです。ユダヤ人であるとか、ウクライナであるとか、旧ソ連であるとか。そういったことは一切考えずに、感覚的には山形の話として観てしまったという。しかも、親父(主人公テヴィエ)がすごく威張っていて、家族を縛るじゃないですか、それもそっくりなわけですよ。それでもまだテヴィエは娘たちを自由にさせていましたけど、日本なんていうのはこんな風にはいかなかった。だから、日本の山形の方がもっと厳しかったわけですよね。そんな中で観たものですから、大泣きしたんです。当時それを観たのが18歳で、それが今68歳になって、あれから世の中もずいぶん変わりました。

続く侵攻・侵略

ロケ地のユーゴスラビアは、映画撮影当時は「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」だったんですね。6つの共和国で一つの国をつくっていた時代です。冷戦時代にロシアで撮るわけにはいかずここが撮影地になったんだと思いますけど、その後も1992年にまたユーゴスラビアで紛争があり、当時「セルビア=ユーゴスラビア」だったのが、今は「モンテネグロ」という国になってしまったんですね。

本当に変わらないのは侵略と侵攻ですね。私は映画『屋根の上のバイオリン弾き』を観てユダヤ人がいかにひどい目に遭い、迫害を受けて来たかを学んできたんですけども、「非戦を選ぶ演劇人の会」を2002年に立ち上げました。平和を願ってずっと活動を続け、イスラエルとパレスチナの問題に思い当たりました。こういうことがあったんだ、と。あれから20年が経ちますがさらにイスラエルの侵攻が続いているわけです。ですから思うのは、これだけユダヤ人が迫害を受け侵略され色んな事件がありましたよね。アウシュヴィッツの話やダッハウの事件。それを経ているのに、なぜユダヤ人がパレスチナの人たちを侵略するんだろうか、と。これだけひどい目に遭っている人たちが、どうして同じことをするんだろう。地図を見ても、パレスチナにイスラエルの人がバラバラに入植し、本当に国が滅びそうな状況になっていますよね。侵攻侵略がどんどん続いている。

けれども、ユダヤ人もあれだけ迫害されてきたんです。ドイツにあるダッハウ強制収容所に行ったときに、本当に人間がこんなことをできるのだろうかと思いました。そこには焼却炉があり、隣にガス室があり、ガス室に送られたユダヤ人が遺体を焼却炉に搬入するという、その家畜を殺すような設備が続いているわけです。ユダヤ人に作らせた塀や壁まであったわけです。去年NHKスペシャルを見ていたら、ダッハウで、収容所のスキマに入っていたユダヤ人によるメモが発見されたそうです。その番組ではその子孫の方がどうなったかを追っていました。今も調査途中のものがいっぱいあるそうです。わかったのは、強制収容所で殺していたのもユダヤ人だったということです。焼却炉に遺体を運んだり、指示を与えるのも同じユダヤ人にさせていたわけです。その人たちがどんな思いであったか。それを牢獄のスキマに隠していたメモが見つかったわけです。その人たちの孫も証言しています。もちろん亡くなってしまった人たちがいるわけですけども。

「それをやらないと殺される」という状況で人間が考えること、侵略したり侵攻したり戦争したりする時に人間が考えることは本当に残酷だなと思います。もともと残酷な人たちなのではなく、生真面目な人たちが、どうすればいいかを研究するとそのように残酷になってしまうわけで。私たちも戦争になればそういうことをやってしまう可能性があるということです。

融通のきく人でありたい

現に八王子で、毛皮を剥いでシベリアで働いている人に送るからと言って、回覧板を回して飼っているペットを供出させたという、本当の話があります。GHQが来る前に全部燃やして証拠隠滅したんですが、八王子市役所の方がすごく真面目で、ずっと保管していたのが発見されたんです。日本全国でそういうことが行われていた。だから今、私たちが飼っている犬や猫だって、お国のためだと言われれば私たちも同じことをやる可能性があるし、竹やりで敵を殺す可能性もある。だってユダヤ人のテヴィエたちも隣の人と仲良く暮らしていたのに、迫害されて出て行かなければならないわけですよね。昨日まで隣だった人が、痛めつけられるのが嫌で迫害するわけでしょ。だから本当に他人事ではない。50年以上前の映画が昔の話ではないということが恐ろしいなと思います。回覧板を出していた真面目な町長さんは、犬や猫を集めてみんな殺して、日本刀で剥いでそれで送っていたわけです。そしてもう送らなくていいと言われても、「決めたから」と言って全部集めて、裏山に死骸を捨てていたという事実も出て来たんです。

でもその中で融通のきく人というのがいるわけですね。シンドラー(オスカー・シンドラー、Oskar Schindler)のような人が。いつまでも、そういう融通のきく人でいたいと思っています。生真面目でいたくないなと。戦争始まった時にこれはおかしいなと思える頭を持ち続けなくてはいけないなと。でないとまた同じことをやってしまうと映画を見て思ったわけです。

「あのバイオリン弾き、怪しい!?」

またこのドキュメンタリーを観て驚いたことが、アイザック・スターン(Isaac Stern)というバイオリニストです。『屋根の上のバイオリン弾き』を観て当時思っていたんですよ。あのバイオリン弾き、やけにうまいなと。でも「ちょっとあざといな」と思って、高校2年生の時に動きを真似していました。「この人がこんなに弾けるわけないんじゃないか」と思いながら「もしかして本当にこの人が弾いているんじゃないか」と思っていました。でもこの映画を観て、アイザック・スターンという有名な、ユダヤ人の世界的バイオリニストがあの音色を弾いているということを初めて知りました。アイザック・スターンも1920年にウクライナで生まれた人です。そしてアメリカに亡命します。娘が一人、息子が二人いて、長男はニューヨークで指揮者をしている。次男も指揮者。ですから音楽一家なんですね。アイザックはウクライナ生まれだったんだな、だから『屋根の上のバイオリン弾き』を引き受けたんだなとわかったわけです。

今も続く「戦後」~「ロシア料理」と「キエフ料理」~

高校2年の時はみんなソ連、ロシアだと思っていました。加藤登紀子さんが京都に「キエフ」というロシア料理店を開いています。日本でロシア料理だと思われているものって、実際はキエフ料理なんですね。今回、ロシアのウクライナ侵攻があってから、みんなロシア料理店にガンガン石を投げたりするんだけど、それ本当はウクライナ料理で、ウクライナ人がやっているということを日本人はあまりにも知らないでいたということなんです。それを加藤登紀子さんに言われて、京都で今年1月に公演した際に、お店に行ってみたんですね。そうしたらお店には「キエフ料理」と書いてあるんですけど、みんなからは「ロシア料理」と言われるということで、微妙ですねという話をしました。加藤登紀子さんのお兄さんが82歳で現役で料理を作って運んでいました。このお店は、加藤登紀子さんのお父さんが満州から引き揚げて来て、一方でシベリアにいる日本人は満州から強制連行されていった人たちですから、そこで覚えたロシア料理がおいしくてお店を始めたそうです。だから本当に、戦後は終わったと小学校の頃から言われていますが、全然終わっていなくて、戦後がずっと続いている所から、また戦争が始まるかもしれないということで、本当に怖いなと思います。

ニューヨークで触れた「人種」への肌感覚

映画『屋根の上のバイオリン弾き』は歌も踊りも素晴らしい。踊る人たちが、雪の上では踊れないからと言ってわざわざスタジオで踊ったという話も面白いですね。ユダヤ人の鼻が大きくてなかなか役がつかまらなくて、「この役が見つかってよかった」と言って喜んだり、みんな嬉々として喜んで話している。バーブラ・ストライサンド(Barbra Streisand)の話なんかも出てくる。

私は29歳の頃、ユダヤ人とアメリカ人の関係もわからず初めてニューヨークに芝居を観に行ったんですね、エコノミークラスで。お土産で200万円かかった程、物価の高い頃に初めて、コマーシャルをやったお金で行きました。そして14日間で21本の芝居を見てきました。昼夜見続けて、終わってからは夜中にブルーノートでジャズを聴く。ブルーノートに行ったら日本人しかいませんでした。そのころニューヨークではジャズが全く下火で、聴きに行くのは日本人だけだったらしいです。キース・ジャレット(Keith Jarrett)とか聴きに行ったら全員日本人。龝吉敏子を聴きに行ったら全員に日本人という、そういう時代だったんですね。英語もしどろもどろで、カーネギー・ホールに読める英語だけ自分で電話して聴きに行ったんですよ。「アニタ・オデイ(Anita O'Day)。ワン・チケット。OK?」で、これで向こうは通じるんですね。で、行ってみたらアニタ・オデイがおばあさんなわけ。びっくりしちゃって!『真夏の夜のジャズ』を観て私はファンになっていましたから、大きい帽子をかぶってすごくスタイリッシュなアニタ・オデイ。ものすごいアドリブで歌うのが得意な人ですけど。それが観に行ったらもう白髪のおばあさん。そしてパイプ椅子に座って、座ったまま歌ってたんです。しかもスピーカーが小さくて音が聴こえないんですね。それでびっくりしたという思い出もあります。

当時アメリカの飛行機で、隣に大きな黒人のプロレスラーが座っていたんです。何か英語で話さなければと思って「好きな映画はありますか」と聞いたんです。「私は『ローズ(“The Rose”)』(1979年/マーク・ライデル監督)が好きです」と言ったんです。「ベット・ミドラー(Bette Midler)主演でジャニス・ジョプリンをモデルにしたあの映画、とってもよかったですね」と言ったら「俺は大嫌いだ」と言われて、そんなアメリカ人いるんだと思ってどうしてかと尋ねたところ、ユダヤ人だからと言うんですよ、ベット・ミドラーが。その時どういうわけか全く、ユダヤ人っていうことに考えが及んでいませんでした。だって全部アメリカ人だと思っているから。色んな所から移民として集まってきて、そういう人たちが国を作っているのがアメリカだ、と思っていたから。そこで驚いて色々調べていったんですね。むこうでは八百屋さんをやっているのは中国人、と決まっていたわけですよ、私が行った頃は。で、こんな入り込めないようなところがニューヨークであろうともあるんだなと思いました。

日本人が珍しい時ですから、ティファニーの前に立っていたら200人くらいの白人に囲まれたことがあります。当時長い髪をしていたんですが、背が2mくらいの、金髪で青い目をした若者たちに取り囲まれたんです。で皆口を開いているんです。「どういうことだろう?私、そんなに有名じゃないはずなのに!」と思って、よくよく調べたら、みんな観光バスで来た人たちなんですね。アメリカってすごい広いでしょ。日本と戦争していたことも知らないような人がいる国なんですよ。つまり、アジア人を初めて見た人たちだったんですね。山形の田舎に白人が来た、みたいな感じ、わかりますか?私は当時本当にびっくりしました。「この人は動くのか?」というような感じで、人形のように見られたというか。でどこに行ってもスペイン人なのか、何人なのかとみんなに聞かれ、「ジャパニーズ、ジャパニーズ」って言っていたら本当に珍しがられました。それぐらいの頃にユダヤ人問題に気付いたのです。

とにかく、映画を堪能していただいたと思います。これからもこういうこと、諦めないで平和に向かって少しずつでも本当に、侵略・侵攻がなくなるように一つ皆で笑ってみんなで支え合う世界になるように諦めないで私たち頑張っていきましょう。皆さん本当にありがとうございました。またお会いしましょう。

渡辺えりさんご出演/演出の
下記の舞台公演がございます!

新派百三十五年記念
六月新派喜劇公演「三婆」

[原案・原作]有吉佐和子 [劇作・脚本]小幡欣治 [演出]齋藤雅文 [出演]水谷八重子 / 波乃久里子 / 渡辺えり / 松本慎也 / 鴫原桂 / 上脇結友 / 田口守

2023年6月3日(土)~6月25日(日)
会場:三越劇場(東京都)
全席指定9,500円

詳しくは公式サイトにて。

『ガラスの動物園』
『消えなさいローラ』
二本立て上演

渡辺えりさんが演劇を志すことになったきっかけであり、50年間上演を夢見てきたという憧れの作品『ガラスの動物園』と劇作家・別役実さんがその後日譚として書いた『消えなさいローラ』の世界初となる二本立て上演!

作:テネシー・ウィリアムズ(『ガラスの動物園』)別役 実(『消えなさいローラ』)
演出:渡辺えり
出演者:尾上松也 吉岡里帆 和田琢磨 渡辺えり

【東京公演】
2023年11月4日(土)~21日(火)
【山形公演】
2023年11月23日(木・祝)
【大阪公演】
2023年11月25日(土)・26日(日)

詳しくは公式サイトにて。

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