トークイベント

近衛はなさんトークイベントレポート

2022年12月6日(火)
シアター・イメージフォーラム

Q. 本作をご覧になっての率直なご感想をお聞かせください。

A. すごい映画でした。出てくる人たちも、その生き様も感動的です。でも今スクリーンで拝見して改めて思ったのは、映画としての強度が半端ないということです。カメラワークも面白い。映像の中に、スチル写真も入っていますが、そのイメージの連なり、編集、それが素晴らしいと思いました。映像に、音、言葉、音楽、歌が重なってくる。そのすべての配置が考え抜かれていて、これを作られた監督のセンスっていうのかな、半端ないですよね。映画はそれぞれの要素の足し算ではないと、気付かされます。映画というメディアでないとできないことを、確かにやっている、その凄みを改めて感じました。

Q. 音の使い方も独特で、SFっぽさや、実験映画っぽさもあると思いますが、どのようにお感じになりましたか?

A. 始まりもピコピコ音が鳴っていたりとか。足が悪いんだけど2階建ての家を建てちゃったあの人が階段を上るシーンなんかは、気持ち悪い音が出ていますね。実験映画っぽい要素は、あの足の悪い方のパートで特に印象的でした。目のアップが映って、斧で木を割る瞬間にパーンって世界が変わる、みたいな。映画が感覚に直接ひびいてくる、ゾワゾワする、そういう面白さもありましたね。

Q. 近衛さんからいただいたコメントの一節で「その肖像は、人間性というものの秘密を語っているかのようだ」とお寄せいただきました。登場人物の印象などをお伺いできればと思います。

A. 実はこの映画を初めに見せていただいたとき、何の予備知識もなく見ましました。プレスとかいただいてたんですけど、全然読んでいなくて、どこの誰が撮ったとかいうのもわからないまま映画だけを見ました。それでもうびっくりして・・・。最後までどこの誰が何をしている話なのかはわからなかったですが、ただ「あぁなるほど。生きるっていうのはこういうことなんだな」っていう、そういうすごい納得感があったんです。なにか、人生のそこはかとない秘密を語っている映画だって、そう感じたので、コメントにそのように書かせていただきました。スロヴァキアの山岳地帯の孤立した集落に住んでいる方たちということで、個性がすごく屹立している。濃い。本当にそれぞれの方が、それぞれの思想、それぞれの個性を見事に生きている。やっぱりあの方々の姿を見ることによって、(私たちも人間なので)自分の内側を覗きこまずにはいられない、そういう映画だと思います。

Q. 特に印象に残っている登場人物はいますか?

A. 今日スクリーンで拝見して、ああいいなぁと思ったのは、からくり人形のおじいちゃんと、お墓を守るおばあちゃんと、最初のほうのアル中のおじいちゃんかな。「人生で大事なものは何ですか?」っていう質問をされるじゃないですか。異物感のあるマイクを押し付けられて、抽象的な質問を投げられた、そのときの皆さんの顔、反応ですごくその人の内面が見えるなと思いました。あのシーンで、最後のほうに「人間が大事だよ」って言ったおじいちゃんがいらしたんですけど、あのおじいちゃんがその質問を受けて「うーん」って考えて、その言葉を発したその瞬間までの数秒、あれは実に素晴らしい映像だと思います。グッときました。これは、フィクションとノンフィクションの境界にあるような作品だと思います。そういう意味でもすごいと感じたのは、宇宙に思いを馳せている、お家追い出されて森で牛と住んでいるあの人。あの人がこう胸元から新聞を取り出すシーン、あれってフィクションで例えば映画で作ろうとしても、俳優さんは絶対にできない。あの顔は絶対にできない。あの動きも絶対できない。そういうとんでもなく稀有なシーンです。

Q. 本作は1972年に製作され、その後16年間、スロヴァキア政府当局によって輸出禁止になっていました。一言でいえば1972年のスロヴァキアの山岳地帯の老人たちのポートレートと言えますが、今の日本人がどんなことを受け取ることができるとお考えですか?

A. この作品は、いつの時代、だれが見ても、くる人にはど真ん中にきてしまう、そういう作品だと思います。私たちは、今は夜もあまり暗くならない場所に住んでいたり、血のついていないお肉を食べていたり、なにかこう平たい世界に生きているので、やはり感じることは多いですね。上映が禁止され16年間見ることが出来なかったということです。ソビエト時代に作られた作品って映画も音楽も文学も本当にとてつもない作品が多くて・・・でもそれらは大体弾圧されているんです。芸術家もたくさん殺されています、ラーゲリに送られたりして。でも、別に武器を抱げるわけじゃない無害そうな芸術家を、なぜそんなに権力者が恐れたんだろうということをすごく考えてた時期があります。それで、ある本を読んでいて、マンデリシュタームという詩人の奥さんが書いている『流刑の詩人マンデリシュターム』という本なんですけれども、それを読んでいてなるほどと思ったことがあります。本物の芸術というのは人間を「個人」にしてしまう。やっぱりスターリン独裁の全体主義、嘘っぱちのプロパガンダでやっている世界では、「個人」の出現は不都合です。生きるってどういうことだろうとか、人間の自由って何だろうとか、なんのために生きるのか、とかそういう本当のことに気づいてしまう個人が現れるのはやっぱり権力者にとっては恐怖だった。だから芸術家を殺したり弾圧したりしたんだと思います。この映画が検閲に引っかかってしまったのも、まさにそういう理由ではないでしょうか。この映画を見ると色々なことに気づかされます。それは今日の日本の私たちもそうだし、世界中の未来の人もきっとそうで、この映画は普遍的な作品なので、感じるものは大きいです。本当に多くの方々に見ていただきたいと思います。

  • ラーゲリ
    ソビエト連邦における強制収容所を指す。
  • オシップ・エミリエヴィチ・マンデリシュターム(1891~1938年)
    ポーランド出身のロシアのユダヤ系詩人、エッセイスト。ワルシャワでユダヤ人商人の家庭に生まれ、翌年ロシアへ移住。第一詩集『石』(1913年)で神秘的な象徴主義から離れた新しい詩の潮流の代表的詩人として高く評価された。1934年スターリンを諷刺した詩で逮捕流刑、38年の二度目の逮捕の後収容所で死亡。その後も詩の影響力は尽きることなく、パウル・ツェランやヨシフ・ブロツキイをはじめ多くの詩人に影響を与えた。

(脚注:パンドラ作成)

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