
日時:10月10日(土)
場所:渋谷シアター・イメージフォーラム
トークゲスト:秦 早穂子さん(エッセイスト) 古賀 太さん(日本大学教授)
テーマ:<ボヴァリー夫人>にみる女性の生き方
結婚生活の満たされない思い 浪費と秘密の恋・・・
迷い続ける女性達に贈るエマ・ボヴァリーの幸せ探しの物語!
究極のエレガンス、ディオールの衣装!
150年以上も前に刊行され、世界中で愛読され続けているフランス文学の傑作『ボヴァリー夫人』は、これまで4回、映画化されてきた。今回公開する『ボヴァリー夫人』は原作に忠実でありながらも全く独自で、これまでの、どの映画にもないエマ・ボヴァリーが描かれている。監督は『太陽』『エルミタージュ幻想』で知られるロシアが世界に誇るアレクサンドル・ソクーロフ。フローベール没後130周年にあたる2010年を迎えての公開である。エマのまとうクリスチャン・ディオールも必見。
青山真二監督の批評→http://blue.ap.teacup.com/himaraya/497.html
----青山真二監督(MINER LEAGUE ある映画作家のダイアリー。)
時代設定は十九世紀ということになっているが、映像表現からにじみ出してくる人間の生きざまは、現代にもそのままつながるものだ。旧ソ連崩壊の時のロシアでも、価値観がゆらぎ人間の生き方がゆれ動く。
現代のどこの国でも、共通するようなものである。
----白井佳夫(映画評論家 「部落解放」2009年11月号掲載より抜粋)
異形の傑作である。万人向けではないが、全編、たがの外れたような過剰さにあふれ、見る者を圧倒する。
----中条省平(映画評論家 「日本経済新聞」09年10月2日付けより抜粋)
いつものソクーロフ作品と同じくストーリーを追う文芸映画ではないのだが、三重の移し変えの意味するところを見事に映像化している。
----黒田邦雄(「ミセス」09年11月号より抜粋)
野原で全裸になって密通相手と交わるギリシャ的風貌のボヴァリー夫人像は賛否が分かれようが、その高貴なまでの濫費と渇望は、哀れな寝取られ男シャルルともども強烈な印象を残す。
----(「フィガロジャポン」09年10月5日号より抜粋)
独特の絵画のような映像と官能的な描写が美しい。
----(「産経新聞」(夕刊)09年10月2日より抜粋)
とにかく驚きに値する傑作だ!----(「装苑」09年11月号より抜粋)
エマの気持ちを理解してくれない夫シャルル。失望するエマの前に現れる若くて美しい秘密の恋人。世界中の人に自慢したくなるような夢のひと時を味わう。女性の幸せの在り処は何なのかを考えさせられました。
----斉藤洋子(39歳 会計事務所勤務)
若きソクーロフのヴォリュームに圧倒されました。
----四方田犬彦(明治学院大学教授)
この婚活時代にこそ観るべき映画!ボヴァリー夫人は、結婚が退屈なものだと教えてくれるのではなく、結婚生活をどうすれば幸せにできるかは自分次第だ、ということを気づかせてくれるから。
----永原たかこ(37歳・OL)
まるでマリア・カラスがよみがえったようなショックにも似たヒロイン像の出現である。
----河原晶子(「音楽の友」09年10月号より抜粋)
目まぐるしいカメラの動きによって物語を展開させる今日にあって、じっくりとエピソードを凝視する。絵画のような画面は一貫して、観客に豊かな感応作用をうながす。
----きさらぎ尚(「美術の窓」09年10月号より抜粋)
セシル・ゼルヴダキは、フローベールのエマのような容貌や髪は持ち合わせていないが、作家が冷徹に描き尽くしたその心理は体現している。もし封印されたもうひとつの肖像画がエマにあるとしたら、そのモデルがセシル・ゼルヴダキだ。このエマ・ボヴァリーは生きている。
----ヴィンセント・キャンビー(「ニューヨーク・タイムズ」)
映画の冒頭は1840年頃に見えるが、シュールなトーンに徹しているので、車が出てきたり、スクリーンの外のラジオから“聖者の行進”が流れてきたりしても、観客は難なく受け入れてしまうだろう。物語の筋書きには縛られず、女性の激しい感情に焦点を絞ったことで、ソクーロフは自らのテーマをこのうえなく細やかに描き、激情が発する熱だけでなく、体の感覚に没入した前後に訪れる静かな瞬間をも捉えている。
----ハーヴァード大学 ライブラリーHPより抄訳
エマは驚くほど変幻自在だ。ちまちまとした飾り物でいっぱいの寝室に突然現れた全裸のエマが、フランス語でうっとりとメ私には恋人がいるのモと呟き、あるシーンではエマは巨大になっている。ソクーロフの「ボヴァリー夫人」はあらゆる意味でメ驚くべきモ作品でありながら、原作にとても忠実で、小説『ボヴァリー夫人』を初めて読んだ者が次のページへと駆り立てられ、興奮し、驚きに包まれた感覚を、まざまざと甦らせられ映画なのだ。
----スチュアート・クラワンズ(「ニューヨーク・タイムズ」)
小説『ボヴァリー夫人』に寄せるコメント
キュリーよりチャタレーよりエマニエルより、夫人といえばボヴァリーがいちばんおもしろい!なぜならエマ・ボヴァリーはこの3人の中でダントツで「ごくふつうの女の子」だから。むかしの日本より、現代の日本の女の子のほうがエマが「ごくふつうの女の子」だということが理解できると思う。
----姫野カオルコ(小説家 絵本版『ボヴァリー夫人」著者』)
この小説を最初に読んだのは大学時代だった。作者のフローベールが「ボヴァリー夫人は私だ」と言ったというが、読み終わって、私は全く同じ気持ちを抱いた。
主人公の心理と感覚のすみずみまで、まるで心が同化したように入り込んで、話の展開をなすすべもなく眺めている感じであった。
狂気を帯びるほどの主人公の熱い情熱と、作者の冷たいまでに冷静で緻密な描写が対極的なことで、ボヴァリー夫人の心理が浮かび上がり、孤立した女性の姿がはっきり見えるのだ。心のバランスを失い始めてからのボヴァリー夫人の狂女の如く、少女の如き有様にも、同情や感傷を加えない淡々とした作者の語り口が、さらに孤立させ、追い詰めていくようだ。
ここにはない何かを夢見て、心を熱くするもの求め続けないではいられないボヴァリー夫人の心の叫びは、私の心に忘れられない残像を残した。夢を追い、恋をし、表現をすること・・・。心に熱い炎を抱きながら、それを燃やすことを許されなかった時代に生きた女性たちの絶望をも思わずにはいられなかった。
彼女たちはひとたびそれに火を付ける「幻想」に出会ったとき、情熱と理性による危ない綱渡りが始まる。心の中ではたちまち情熱が勝利し、現実には理性が手痛い敗北を喫する彼女たちの姿は、せつなくも美しい。
----川井郁子(ヴァイオリニスト・作曲家 「週刊新潮」09年6月25日号より抜粋)
この小説の登場人物に隠された悲劇性、その現実化した姿が現代社会にはびこっている。これだから名作にはドキッとさせられる。
----松岡正剛(編集工学研究所所長)
1856年にフランスの作家、フローベールによって著された小説。実際の事件をもとに、写実主義的な手法で描かれた傑作で、現在の小説技法のほとんどが使われているといわれている。 主人公エマのように理想と現実のギャップに苦しむ状態は、ボヴァリスムと言われるようになった。日本では、1916年に早稲田大学出版部より刊行されるが発禁となり、1920年に解除されて新潮社より刊行。ボードレール「悪の華」、モーパッサン「女の一生」、スタンダール「赤と黒」と並び、数多く邦訳され、研究書も多い。また、ソクーロフ以外にジャン・ルノワール(1933年)、ヴィンセント・ミネリ(1949年)、クロード・シャブロル(1991年)、マノエル・ド・オリヴェイラ(1993年)の4人の監督が映画化している。
・小説のあらすじ
フランスの小さな田舎町トスト。厳格な修道院で育ったエマは「ボヴァリー夫人」と呼ばれる新しい世界に淡い憧れを抱き、年の離れた町医者のシャルル・ボヴァリーと結婚する。しかし、凡庸な夫との田舎での単調な結婚生活は、エマにとって死ぬほど退屈なものになっていく。徐々に生気を失い、ふさぎこんでいくエマを心配した夫は、新たな町、ヨンヴィルでの開業を決意する。地元の薬剤師オメーの助言を得て、仕事をはじめる夫。オメーは足繁くボヴァリー家を訪れ、シャルルに患者を斡旋した。新たな地で女の子を出産し、新しい生活に希望を見出すエマであったが、彼女の心が満たされることはなかった。
そんな日々を変えたのは青年レオンとの出会いであった。お互いの情熱を分かち合い、強く惹かれる二人だったが、結ばれることのないまま、レオンは勉学のためパリへと旅立ってしまう。レオンに去られ、悲しみに暮れるエマは、ある日、使用人の治療のため訪れてきた裕福なドンファン、ロドルフに出会い、彼との情事に溺れていく。 エマは輝きを取り戻し、ロドルフとの逢瀬に身を焦がしていった。一方、夫のシャルルは薬剤師オメーの紹介する患者の手術に挑み、その治療例をオメーが発表することで、医者としての名声をあげようとしていたのだが、手術は失敗に終わってしまう。エマはそんな夫に失望するばかりであった。夫への嫌悪感は日ごとに増し、思いつめたエマはロドルフに一緒に逃げようと誘うが、そんな気のないロドルフは別れの手紙を残し、姿を消す。手紙を受け取ったエマは、そのショックで寝込んでしまう。
何も知らないシャルルは、エマを元気づけようと観劇へ連れ出す。そこで、思いがけずレオンとの再会を果たす。再び燃え上がるふたりの想い。ついに結ばれた二人は、愛欲の日々に埋もれていく。週に一度、音楽のレッスンと偽り、レオンとともに過ごす時間だけがエマに喜びを与えるのであった。その時間をかけがえのないものにしようと、エマは贅沢を求め、レオンとの逢瀬にお金を費やしていった。しかし、以前からの浪費もたたり、膨れ上がった借金の返済に窮し、ついには裁判所から差し押さえ命令を出されてしまう。エマはレオンにお金を貸してくれるよう懇願するが、エマの愛を重荷に感じ始めていたレオンは別れを告げる。しかたなくロドルフのもとへ助けを求めに行くが、あっけなく断られてしまう:・・・・。
・原作者について
ギュスターフ・フローベール Gustave Flaubert
1821年12月12日〜1880年5月8日 フランス、ルーアン出身
写実主義(リアリズム)文学を確立した作家として知られている。モーパッサンを始め、多くの後世の作家に影響を与えた。外科医の息子として生まれ、パリで法律を学ぶが、法律に興味を持てず、神経症の発作を起して以後は、文学に専念するようになる。サルトル著『家の馬鹿息子 ギュスターフ・フローベール論(1821年より1857年まで)』(平井啓之・鈴木道彦・海老坂武・蓮実重彦訳/人文書院)に詳しい。現実におこった事件を題材に、綿密な取材にもとづき5年の歳月をかけて執筆した『ボヴァリー夫人』(1857年発行)は、1851年9月19日に執筆開始、脱稿は1856年4月30日。当初は、風俗紊乱の罪に問われ裁判となるが、結局は無罪となった。この作品についてフローベールが記者に言ったとされる「ボヴァリー夫人は私だ」との言葉は、あまりにも有名である。
作品歴
・『ボヴァリー夫人』 Madame Bovary 1857
・『サランボー』 Salammbô 1862
・『感情教育』 L'Éucation sentimentale 1869
・『聖アントワーヌの誘惑』 La Tentation de Saint Antoine 1874
・『三つの物語 純な心 聖ジュリアン伝 ヘロディア』 Trois contes 1877
・『ブヴァールとペキュシェ』 Bouvart et Péuchet 1881 未完
・『紋切型事典』 Dictionnaire des idées reçes 1911
セシル・ゼルヴダキ(エマ・ボヴァリー) Cecile Zervudacki
撮影当時は、成人した二人の娘と夫と共にフランスのグルノーブルに暮らし、ある教育施設で民族言語学を教えていた。イタリア系ギリシャ人。1987年、「孤独な声」出品のために滞在していたスイスのロカルノ映画祭で、ソクーロフは彼女と出会う。<女優でもなく、覚えやすい顔をしたモデルでもなく、際立った性格と運命と過去を持った美しくない美女>を求めていたソクーロフに、彼女はぴったりだった。鎖骨と手首の骨が浮き出た姿、という監督の要望に沿うように、1年後の撮影開始までに15キロ減量させることに成功。しかも彼女の目はあたかも何も見ていないような表情を生み出していた。なお、時折フランス語が混じることになったのは、彼女が感情表現にはロシア語より母語であるフランス語がいい、と言うのを監督が受け入れたからである。原作『ボヴァリー夫人』と自作に寄せて ----アレクサンドル・ソクーロフ
なぜフローベールの小説をテーマに映画を創ったかには、一つの答えしかありません。中学生の頃、読んだ文学の中で、『ボヴァリー夫人』が、最も明快な印象を与えられた1冊だったのです。8年生(日本の中学2年生)でした。同じ時期に、ラジオドラマでも放送され、それも聴きました。人間が人生でそれほどの悲劇に遭遇するということに、私はひどく驚いたのです。

アレクサンドル・N・ソクーロフ Alexander N.Sokurov
1951年にシベリア、イルクーツクのポドルヴィハ村に生まれ、軍人だった父親の転勤に伴い、ポーランド、トルコ、トルキスタンなどの各地で少年時代を過ごす。1974年、ゴーリキー大学で歴史学の学位取得後、全ソ国立映画大学の監督コースで学ぶ。卒業後は10年近くレンフィルム・スタジオで多くのドキュメンタリーを手がけた。日本で上映されたソクーロフ作品監督 (題名・上映時間・製作年)
「マリア」ドキュメンタリー◆40分◆1975年/1988年
「孤独な声」劇映画◆86分◆1978年・1987年
「ヒトラーのためのソナタ」ドキュメンタリー◆10分◆1979年
「ヴィオラ・ソナタ、ショスタコヴィッチ」ドキュメンタリー◆80分◆1981年
「痛ましき無関心」劇映画◆96分◆1983年
「エレジー」ドキュメンタリー◆30分◆1985年
「モスクワ・エレジー」ドキュメンタリー◆88分◆1987年
「日陽はしづかに発酵し…」劇映画◆138分◆1988年
「ソビエト・エレジー」ドキュメンタリー◆40分◆1989年
「ペテルブルグ・エレジー」ドキュメンタリー◆40分◆1989年
「セカンド・サークル」劇映画◆93分◆1990年
「ストーン クリミアの亡霊」劇映画◆88分◆1992年
「ロシアン・エレジー」ドキュメンタリー◆68分◆1993年
「静かなる一頁」劇映画◆87分◆1993年
「精神(こころ)の声」ドキュメンタリー◆328分◆1995年
「オリエンタル・エレジー」ドキュメンタリー◆45分◆1995年
「オリエンタル・エレジーロシアン・ヴァージョン」ドキュメンタリー◆45分◆1996年
「マザー、サン」劇映画◆73分◆1997年
「オリエンタル・ノスタルジー」ドキュメンタリー◆75分◆1997年
「モレク神」劇映画◆102分◆1999年
「ドルチェ 優しく」ドキュメンタリー◆63分◆1999年
「牡牛座―レーニンの肖像」劇映画◆90分◆2000年
「エルミタージュ幻想」劇映画◆96分◆2002年
「ファザー、サン」劇映画◆84分◆2003年
「太陽」劇映画◆115分◆2005年
「ロストロポーヴィチー人生の祭典」ドキュメンタリー◆101分◆2006年
「チェチェンへ アレクサンドラの旅」劇映画◆92分◆2007年
スタッフ
監督:アレクサンドル・ソクーロフ 脚本:ユーリィ・アラボフ
衣装:クリスチャン・ディオール
音楽:ユーリイ・ハーニン
出演:セシル・ゼルヴダキ R.ヴァーブ アレクサンドル・チェレドニク B.ロガヴォイ
原作:「ボヴァリー夫人」(ギュスターヴ・フローベール 新潮文庫・河出文庫他)
1989年=2009年/ソ連=ロシア/カラー128分(1989年版は167分)/DVカム
日本版字幕:児島宏子 配給:パンドラ
アップリンクでの上映決定!
2009年12月28日〜2010年1月10日
詳細はアップリンク(03-6825-5503)
| 2010年3月10日(水)〜19日(金) | 神戸/神戸アートヴィレッジ | 092-751-4268 |
| 2010年2月27日(土)〜 | 佐賀/佐賀シアターシエマ | 0952-27-5116 |
| 2月13日〜 | 神奈川/川崎市アートセンター | 044-955-0107 |
| 1月23日〜 | 富山/フォルツァ総曲輪 | 076-493-8815 |
| (上映終了) | 長野/松本CINEMAセレクト | 092-751-4268 |
| (上映終了) | 福岡/KBCシネマ | 092-751-4268 |
| (上映終了) | 金沢/シネモンド | 076-220-5007 |
| (上映終了) | 沖縄県/桜坂劇場 | 098-860-9555 |
| (上映終了) | 横浜/シネマジャック&ベティ | 045-243-9800 |
| (上映終了) | 大阪/シネ・ヌーヴォ | 06-6582-1416 |
| (上映終了) | 名古屋/シネマテーク | 052-733-3959 |
株式会社パンドラ → http://www.pan-dora.co.jp/
シアター・イメージフォーラム → http://www.imageforum.co.jp/theatre/index.html
河出書房新社 → http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309463216
新潮社 → http://www.shinchosha.co.jp/book/208501/
中央公論社 → http://www.chuko.co.jp/
編集工学研究所 → http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0287.html
角川書店 → http://www.kadokawa.co.jp/book/bk_detail.php?pcd=200212000083
スパイラルレコード→ http://www.spiral.co.jp/f_guide/records/index.html
大阪 シネヌーヴォ→ http://www.cinenouveau.com/