公開:9月下旬 シアター・イメージフォーラムにてロードショー! フローベール没後130周年記念ロードショー!! モントリオール世界映画祭国際批評家連盟賞受賞  ボヴァリー夫人

news

トークショー

日時:10月10日(土)
場所:渋谷シアター・イメージフォーラム
トークゲスト:秦 早穂子さん(エッセイスト)  古賀 太さん(日本大学教授)
テーマ:<ボヴァリー夫人>にみる女性の生き方



公開初日より好調な動員を続ける本作の公開を記念しまして、「<ボヴァリー夫人>にみる女性の生き方」をテーマにトークショーを行いました。

司会:本日はお越しいただきましてありがとうございます。映画評論家でエッセイストの秦早穂子さんと、日本大学教授の古賀太さんをお招きしております。
今回はソクーロフ監督作品ということで、他の監督が描いた「ボヴァリー夫人」とは全く異なる作風の本作について、“女性の生き方を中心に”というトークテーマで語り合っていただければと思います。なお、皆様、原作を読まれていることと思いますので、内容にも触れながら、進めてさせていただきます。

古賀さん:今日は、私の方から秦さんに質問をするというスタイルで、トークを始められればと思います。まず、これまでに何度か違う監督によって映画化されてきた「ボヴァリー夫人」ですが、ソクーロフ監督によるロシア版の本作は、これまでと何が違うと思いますか?

秦さん:これまでの「ボヴァリー夫人」とは全くかけ離れた異質な“ボヴァリー夫人”だったので、最初、驚きとショックを受けました。一見、フローベールの描くリアリズムとは、まったくちがう表現で始まります。エマ・ボヴァリーの過去をぶったぎり、本当はフランスの中都市であるところをロシアの荒野の石切り場のような、しかもハエがブンブン飛んでいるようなところに設定した…そういったことが、逆に、このボヴァリー夫人を通して、女の本質がより抽出され、突き出されてくる凄さがあると思います。

古賀さん:今回、エマを演じている女優さんは、実はロシア人ではなくて、フランスに住んでいるイタリア系ギリシャ人です。我々が想像するいわゆる“ボヴァリー夫人”とはかなり違う印象なのですが、いかがですか?

秦さん:男の方がどう捉えるかは分かりませんが、彼女の鷲鼻と、痩せてごつごつした大きな体と、それに見合わない甘くてセクシーな声は、女の人に、違和感、抵抗感、不愉快な存在という感じさえ与えると思う。ところが、それが、実は、アンバランスで不安定な女の心の中や肉体の渇きを表しているのではと、私は思います。

古賀さん:私の周りの方々に聞いてみたところ、女性の方は、やはり主人公の女優さんに驚かれる方が多かったですね。なのですが、男性は、人によって結構よかった、ぴったりだとおっしゃる方もいらっしゃいました。また、映画の登場人物、レオンとロドルフという二人の愛人については、誰が見ても“いい男”という評価なのですが、主人公・エマについては、人によって、あるいは瞬間瞬間によって違うかなという気がします。

秦さん:エマを演じたセシル・ゼルヴダキは素人だったわけですが、ソクーロフが何故彼女を選んだのか、彼女が体現したものは一体何か、ということに非常に大きな意味があると思っています。たじろがず、冷静に観ていくと、確かにここには、私たち女が持っている本質、抱えている問題が、無駄なものを排除された形で、さらけ出されてくる、そこがひとつの見どころだと思います。 また、この女性がギリシャ的風貌を持っているところが非常に興味深いです。キリスト教の文化の中から外れているような容貌の女の人を持ってくることによって、神に対立する人間の原点みたいな姿を出してくる…しかも、タイトルが示しているように“ボヴァリー夫人、守り給え、救い給え”というキリスト教の中に入れ込んでくるというのは、ソクーロフの意図があるように深読みしたのですが…。つまり、より女の人が持っている、心の、肉体の、根元的な不安定さ、欲望、そういうものを彼女が体現している。だからこそ、逆にぎすぎすとして痩せてもいるのだろうと。

古賀さん:そうですね。私はエゴン・シーレの絵に出てくる女性のような、少しデフォルメされたような感じだなという印象でした。
実は、私、ソクーロフ監督が初めて来日された時に、お会いしています。

秦さん:どんな方ですか?

古賀さん:ソ連人、ロシア人、どんな方だろうと思っていたんですが、いらっしゃるなり、「食べ物は、日本料理はやめてください。フランス料理かイタリア料理にしてください」さらに、「今、ソ連では肉が欠乏しているので、肉料理を食べます」とおっしゃり、それから毎日、仏料理や伊料理を食べるのですが、彼は、前菜などは食べず、「前菜も肉」とチキンを食べ、メインで牛肉を食べるといった感じでした。私の自宅にもお呼びしたんですが、その際は、スカーフを巻いて、花を一輪携えて、私の妻に差し出し、彼女の手の甲にキスをするという、非常に古風な西洋的な振る舞いでした。ソ連も西洋なんだなと感じた次第です。

司会:そろそろ、お時間が迫って参りましたので、最後に一言ずつお願いたします。
秦さん:20年前につくられたこの映画を“今”観たわけですが、その前に、「チェチェンへ アレクサンドラの旅」を観ました。今回の「ボヴァリー夫人」を観て、ソクーロフってこんなに女の人が嫌いなのかとさえ、思ったのですが、この20年の間に、ソ連・ロシアは政治的にいろいろな変化がありましたし、彼自身が変わっていったというのもあるのでしょう、主題は違うのですが、女の人が持っている本質や戦争に対する考え方など、あるところでの共通点は流れていると思うけれど、映画としては、過激だった20年前に比べ、(「チェチェンへ〜」は)女の人も、非常に成熟してくるのは、注目したいところです。また、本作のラストシーンで、ボヴァリー夫人の棺に、娘が花束をささげ、その周りに女たちが回っているのは、いったい何を意味しているのだろう?と考えます。自由にご想像いただきながら鑑賞していただければと思います。

古賀さん:この映画を20年前に観て、最近見直して、それからまた原作を読んでみたんです。そうしたら、不思議なことに、あ、これあったと思うシーンがたくさんあります。似てないようで、原作に忠実な部分がたくさんあるんです。さらにもう一度、映画を観てみたら、さらに忠実かもしれないと思うようになったんです。ぜひ、皆さんもお楽しみください。

秦さん:この時代から比べれば、現代の女の社会的地位や条件はよくなり、ずいぶんと変わったところもありますが、どんなに変わっても、絶対に変わっていないもの、冷静に見れば、「自分の中にボヴァリー夫人がいるんだ」ということは確かであると、それが、よくわかる映画だと思います。

司会:本日は短い時間でしたがありがとうございました。最後までごゆっくりお楽しみください。

解説

結婚生活の満たされない思い 浪費と秘密の恋・・・
迷い続ける女性達に贈るエマ・ボヴァリーの幸せ探しの物語!
究極のエレガンス、ディオールの衣装!


150年以上も前に刊行され、世界中で愛読され続けているフランス文学の傑作『ボヴァリー夫人』は、これまで4回、映画化されてきた。今回公開する『ボヴァリー夫人』は原作に忠実でありながらも全く独自で、これまでの、どの映画にもないエマ・ボヴァリーが描かれている。監督は『太陽』『エルミタージュ幻想』で知られるロシアが世界に誇るアレクサンドル・ソクーロフ。フローベール没後130周年にあたる2010年を迎えての公開である。エマのまとうクリスチャン・ディオールも必見。

コメント

青山真二監督の批評→http://blue.ap.teacup.com/himaraya/497.html
----青山真二監督(MINER LEAGUE ある映画作家のダイアリー。

時代設定は十九世紀ということになっているが、映像表現からにじみ出してくる人間の生きざまは、現代にもそのままつながるものだ。旧ソ連崩壊の時のロシアでも、価値観がゆらぎ人間の生き方がゆれ動く。
現代のどこの国でも、共通するようなものである。
----白井佳夫(映画評論家 「部落解放」2009年11月号掲載より抜粋)

異形の傑作である。万人向けではないが、全編、たがの外れたような過剰さにあふれ、見る者を圧倒する。
----中条省平(映画評論家 「日本経済新聞」09年10月2日付けより抜粋)

いつものソクーロフ作品と同じくストーリーを追う文芸映画ではないのだが、三重の移し変えの意味するところを見事に映像化している。
----黒田邦雄(「ミセス」09年11月号より抜粋)

野原で全裸になって密通相手と交わるギリシャ的風貌のボヴァリー夫人像は賛否が分かれようが、その高貴なまでの濫費と渇望は、哀れな寝取られ男シャルルともども強烈な印象を残す。
----(「フィガロジャポン」09年10月5日号より抜粋)

独特の絵画のような映像と官能的な描写が美しい。 ----(「産経新聞」(夕刊)09年10月2日より抜粋)

とにかく驚きに値する傑作だ!----(「装苑」09年11月号より抜粋)

エマの気持ちを理解してくれない夫シャルル。失望するエマの前に現れる若くて美しい秘密の恋人。世界中の人に自慢したくなるような夢のひと時を味わう。女性の幸せの在り処は何なのかを考えさせられました。
----斉藤洋子(39歳 会計事務所勤務)

若きソクーロフのヴォリュームに圧倒されました。
----四方田犬彦(明治学院大学教授)

この婚活時代にこそ観るべき映画!ボヴァリー夫人は、結婚が退屈なものだと教えてくれるのではなく、結婚生活をどうすれば幸せにできるかは自分次第だ、ということを気づかせてくれるから。
----永原たかこ(37歳・OL)

まるでマリア・カラスがよみがえったようなショックにも似たヒロイン像の出現である。
----河原晶子(「音楽の友」09年10月号より抜粋)

目まぐるしいカメラの動きによって物語を展開させる今日にあって、じっくりとエピソードを凝視する。絵画のような画面は一貫して、観客に豊かな感応作用をうながす。
----きさらぎ尚(「美術の窓」09年10月号より抜粋)

セシル・ゼルヴダキは、フローベールのエマのような容貌や髪は持ち合わせていないが、作家が冷徹に描き尽くしたその心理は体現している。もし封印されたもうひとつの肖像画がエマにあるとしたら、そのモデルがセシル・ゼルヴダキだ。このエマ・ボヴァリーは生きている。
----ヴィンセント・キャンビー(「ニューヨーク・タイムズ」)

映画の冒頭は1840年頃に見えるが、シュールなトーンに徹しているので、車が出てきたり、スクリーンの外のラジオから“聖者の行進”が流れてきたりしても、観客は難なく受け入れてしまうだろう。物語の筋書きには縛られず、女性の激しい感情に焦点を絞ったことで、ソクーロフは自らのテーマをこのうえなく細やかに描き、激情が発する熱だけでなく、体の感覚に没入した前後に訪れる静かな瞬間をも捉えている。
----ハーヴァード大学 ライブラリーHPより抄訳

エマは驚くほど変幻自在だ。ちまちまとした飾り物でいっぱいの寝室に突然現れた全裸のエマが、フランス語でうっとりとメ私には恋人がいるのモと呟き、あるシーンではエマは巨大になっている。ソクーロフの「ボヴァリー夫人」はあらゆる意味でメ驚くべきモ作品でありながら、原作にとても忠実で、小説『ボヴァリー夫人』を初めて読んだ者が次のページへと駆り立てられ、興奮し、驚きに包まれた感覚を、まざまざと甦らせられ映画なのだ。
----スチュアート・クラワンズ(「ニューヨーク・タイムズ」)

小説『ボヴァリー夫人』に寄せるコメント

キュリーよりチャタレーよりエマニエルより、夫人といえばボヴァリーがいちばんおもしろい!なぜならエマ・ボヴァリーはこの3人の中でダントツで「ごくふつうの女の子」だから。むかしの日本より、現代の日本の女の子のほうがエマが「ごくふつうの女の子」だということが理解できると思う。
----姫野カオルコ(小説家 絵本版『ボヴァリー夫人」著者』)

この小説を最初に読んだのは大学時代だった。作者のフローベールが「ボヴァリー夫人は私だ」と言ったというが、読み終わって、私は全く同じ気持ちを抱いた。
主人公の心理と感覚のすみずみまで、まるで心が同化したように入り込んで、話の展開をなすすべもなく眺めている感じであった。
狂気を帯びるほどの主人公の熱い情熱と、作者の冷たいまでに冷静で緻密な描写が対極的なことで、ボヴァリー夫人の心理が浮かび上がり、孤立した女性の姿がはっきり見えるのだ。心のバランスを失い始めてからのボヴァリー夫人の狂女の如く、少女の如き有様にも、同情や感傷を加えない淡々とした作者の語り口が、さらに孤立させ、追い詰めていくようだ。
ここにはない何かを夢見て、心を熱くするもの求め続けないではいられないボヴァリー夫人の心の叫びは、私の心に忘れられない残像を残した。夢を追い、恋をし、表現をすること・・・。心に熱い炎を抱きながら、それを燃やすことを許されなかった時代に生きた女性たちの絶望をも思わずにはいられなかった。
彼女たちはひとたびそれに火を付ける「幻想」に出会ったとき、情熱と理性による危ない綱渡りが始まる。心の中ではたちまち情熱が勝利し、現実には理性が手痛い敗北を喫する彼女たちの姿は、せつなくも美しい。
----川井郁子(ヴァイオリニスト・作曲家 「週刊新潮」09年6月25日号より抜粋)

この小説の登場人物に隠された悲劇性、その現実化した姿が現代社会にはびこっている。これだから名作にはドキッとさせられる。
----松岡正剛(編集工学研究所所長)

原作について

1856年にフランスの作家、フローベールによって著された小説。実際の事件をもとに、写実主義的な手法で描かれた傑作で、現在の小説技法のほとんどが使われているといわれている。 主人公エマのように理想と現実のギャップに苦しむ状態は、ボヴァリスムと言われるようになった。日本では、1916年に早稲田大学出版部より刊行されるが発禁となり、1920年に解除されて新潮社より刊行。ボードレール「悪の華」、モーパッサン「女の一生」、スタンダール「赤と黒」と並び、数多く邦訳され、研究書も多い。また、ソクーロフ以外にジャン・ルノワール(1933年)、ヴィンセント・ミネリ(1949年)、クロード・シャブロル(1991年)、マノエル・ド・オリヴェイラ(1993年)の4人の監督が映画化している。

・小説のあらすじ

フランスの小さな田舎町トスト。厳格な修道院で育ったエマは「ボヴァリー夫人」と呼ばれる新しい世界に淡い憧れを抱き、年の離れた町医者のシャルル・ボヴァリーと結婚する。しかし、凡庸な夫との田舎での単調な結婚生活は、エマにとって死ぬほど退屈なものになっていく。徐々に生気を失い、ふさぎこんでいくエマを心配した夫は、新たな町、ヨンヴィルでの開業を決意する。地元の薬剤師オメーの助言を得て、仕事をはじめる夫。オメーは足繁くボヴァリー家を訪れ、シャルルに患者を斡旋した。新たな地で女の子を出産し、新しい生活に希望を見出すエマであったが、彼女の心が満たされることはなかった。

そんな日々を変えたのは青年レオンとの出会いであった。お互いの情熱を分かち合い、強く惹かれる二人だったが、結ばれることのないまま、レオンは勉学のためパリへと旅立ってしまう。レオンに去られ、悲しみに暮れるエマは、ある日、使用人の治療のため訪れてきた裕福なドンファン、ロドルフに出会い、彼との情事に溺れていく。 エマは輝きを取り戻し、ロドルフとの逢瀬に身を焦がしていった。一方、夫のシャルルは薬剤師オメーの紹介する患者の手術に挑み、その治療例をオメーが発表することで、医者としての名声をあげようとしていたのだが、手術は失敗に終わってしまう。エマはそんな夫に失望するばかりであった。夫への嫌悪感は日ごとに増し、思いつめたエマはロドルフに一緒に逃げようと誘うが、そんな気のないロドルフは別れの手紙を残し、姿を消す。手紙を受け取ったエマは、そのショックで寝込んでしまう。

何も知らないシャルルは、エマを元気づけようと観劇へ連れ出す。そこで、思いがけずレオンとの再会を果たす。再び燃え上がるふたりの想い。ついに結ばれた二人は、愛欲の日々に埋もれていく。週に一度、音楽のレッスンと偽り、レオンとともに過ごす時間だけがエマに喜びを与えるのであった。その時間をかけがえのないものにしようと、エマは贅沢を求め、レオンとの逢瀬にお金を費やしていった。しかし、以前からの浪費もたたり、膨れ上がった借金の返済に窮し、ついには裁判所から差し押さえ命令を出されてしまう。エマはレオンにお金を貸してくれるよう懇願するが、エマの愛を重荷に感じ始めていたレオンは別れを告げる。しかたなくロドルフのもとへ助けを求めに行くが、あっけなく断られてしまう:・・・・。

・原作者について

ギュスターフ・フローベール Gustave Flaubert
1821年12月12日〜1880年5月8日 フランス、ルーアン出身
写実主義(リアリズム)文学を確立した作家として知られている。モーパッサンを始め、多くの後世の作家に影響を与えた。外科医の息子として生まれ、パリで法律を学ぶが、法律に興味を持てず、神経症の発作を起して以後は、文学に専念するようになる。サルトル著『家の馬鹿息子 ギュスターフ・フローベール論(1821年より1857年まで)』(平井啓之・鈴木道彦・海老坂武・蓮実重彦訳/人文書院)に詳しい。現実におこった事件を題材に、綿密な取材にもとづき5年の歳月をかけて執筆した『ボヴァリー夫人』(1857年発行)は、1851年9月19日に執筆開始、脱稿は1856年4月30日。当初は、風俗紊乱の罪に問われ裁判となるが、結局は無罪となった。この作品についてフローベールが記者に言ったとされる「ボヴァリー夫人は私だ」との言葉は、あまりにも有名である。

作品歴
・『ボヴァリー夫人』 Madame Bovary 1857 
・『サランボー』 Salammbô 1862 
・『感情教育』 L'Éucation sentimentale 1869 
・『聖アントワーヌの誘惑』 La Tentation de Saint Antoine 1874 
・『三つの物語 純な心 聖ジュリアン伝 ヘロディア』 Trois contes 1877
・『ブヴァールとペキュシェ』 Bouvart et Péuchet 1881 未完
・『紋切型事典』 Dictionnaire des idées reçes 1911

主演女優/監督紹介

主演女優

セシル・ゼルヴダキ(エマ・ボヴァリー) Cecile Zervudacki

 撮影当時は、成人した二人の娘と夫と共にフランスのグルノーブルに暮らし、ある教育施設で民族言語学を教えていた。イタリア系ギリシャ人。1987年、「孤独な声」出品のために滞在していたスイスのロカルノ映画祭で、ソクーロフは彼女と出会う。<女優でもなく、覚えやすい顔をしたモデルでもなく、際立った性格と運命と過去を持った美しくない美女>を求めていたソクーロフに、彼女はぴったりだった。鎖骨と手首の骨が浮き出た姿、という監督の要望に沿うように、1年後の撮影開始までに15キロ減量させることに成功。しかも彼女の目はあたかも何も見ていないような表情を生み出していた。なお、時折フランス語が混じることになったのは、彼女が感情表現にはロシア語より母語であるフランス語がいい、と言うのを監督が受け入れたからである。

監督

原作『ボヴァリー夫人』と自作に寄せて  ----アレクサンドル・ソクーロフ

なぜフローベールの小説をテーマに映画を創ったかには、一つの答えしかありません。中学生の頃、読んだ文学の中で、『ボヴァリー夫人』が、最も明快な印象を与えられた1冊だったのです。8年生(日本の中学2年生)でした。同じ時期に、ラジオドラマでも放送され、それも聴きました。人間が人生でそれほどの悲劇に遭遇するということに、私はひどく驚いたのです。

エマは、自分の情熱と願いによって、人生をうちたてようとする方法が周囲と異なる点で、この村の中で異質です。この映画のモチーフも、私にとって最も重要な課題も、原作である小説から得ています。ですから、日本の観客の皆さんには、この作品を観賞した後で、フローベールの小説『ボヴァリー夫人』を手にとって読んでいただきたいのです。
中央アジア、カフカスのキスロヴォーツク市に、フランスの村のセットとエマ・ボバリーの家を作りました。プロの俳優と素人が参加しています。エマ・ボバリー役のセシル・ゼルヴダキには、ロカルノ国際映画祭開催中に市内の通りで出会い、エマ役にぴったりと思いましたが、当時はフランスのある教育施設で民族言語学を教えていたのです。
この作品のロシア語は私の声であり、私の母語です。フランス語はフローベールの小粒子ですノ。主役を演じているセシル・ゼルヴダキは、フローベールの代理人のようであり、ロシアや他の国々の観客は、フローベールの会話の響きを耳にできるのです。

ロシアでこの映画が上映されている時期、国内で大変シリアスな政治変革が起こっていたので、資料は何も残っていません。ですから日本での上映は、この作品の新たな出発のように思っています。

アレクサンドル・N・ソクーロフ Alexander N.Sokurov

1951年にシベリア、イルクーツクのポドルヴィハ村に生まれ、軍人だった父親の転勤に伴い、ポーランド、トルコ、トルキスタンなどの各地で少年時代を過ごす。1974年、ゴーリキー大学で歴史学の学位取得後、全ソ国立映画大学の監督コースで学ぶ。卒業後は10年近くレンフィルム・スタジオで多くのドキュメンタリーを手がけた。

ソクーロフの作風はキャリアの始まりからまったく独自であった。最初の監督作は大学の卒業制作でもある「孤独な声」だが、大学からもソビエト政府当局からも受け入れられず、公開禁止処分になった(四面楚歌状態の彼をタルコフスキーが擁護したことはよく知られている)。ソビエト政権崩壊後「孤独な声」を始め「痛ましき無関心」「マリア」などが紹介され、以後、「日陽はしづかに発酵し・・・」「静かなる一頁」「セカンド・サークル」「ストーン クリミアの亡霊」「ロシアン・エレジー」「マザー、サン」「モレク神」「牡牛座 レーニンの肖像」「ファザー、サン」などを次々と発表。2002年には90分ワンカット撮影という映画史に残る意欲作「エルミタージュ幻想」をつくる。美術品が展示された状態のままのエルミタージュ美術館内で全編撮影されたこの映画は、彼を育んだロシアの近現代史三百年を描いた作品で、ヨーロッパ各国、アメリカ、日本、オーストラリアと世界各地で大々的な成功を収め、ソクーロフの名は一躍、国際的に知られることになった。2005年には、イッセー尾形を天皇ヒロヒトにキャスティングした劇映画「太陽」、世界的チェリスト、ロストロポーヴィチと妻のビシネフスカヤを撮ったドキュメンタリー映画「ロストロポーヴィチ−人生の祭典」を完成し、その後に撮影した劇映画「チェチェンへ アレクサンドラの旅」はソクーロフ畢生の作品とも評されている。現在は、歴史四部作の最後となるFAUSTに取り掛かっている。なお、今年9月開催のヴェネツィア国際映画祭で、新作「“封鎖”を読みて」が上映される予定だ。第二次世界大戦中、ナチスドイツ軍によるレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)900日封鎖(1941年9月〜1944年1月)の記録を、様々な年齢や職業、あるいは生き残りの人々が読みついでゆく作品である。

映像と音とを駆使して、<不調和の調和>とでもいったように構成されるソクーロフの画面からは、生と死のエロティシズムが漂うが、キリスト教思想が背景にあり、技術面では、何と言っても見事な音設計を挙げることができる。光の取り入れ方も見事である。映像と音、音楽、役者がすべて同列になり、あたかも一幅の絵画のような画面がスクリーンに現われる。常に新しい映像表現に挑戦してきたソクーロフは、いまや、ロシアが世界に最も誇る映画人であり、その動向は、映画関係者のみならず世界中の文化活動全般に渡る人々に強く注目されている。



日本で上映されたソクーロフ作品監督 (題名・上映時間・製作年)

「マリア」ドキュメンタリー◆40分◆1975年/1988年
「孤独な声」劇映画◆86分◆1978年・1987年
「ヒトラーのためのソナタ」ドキュメンタリー◆10分◆1979年
「ヴィオラ・ソナタ、ショスタコヴィッチ」ドキュメンタリー◆80分◆1981年
「痛ましき無関心」劇映画◆96分◆1983年
「エレジー」ドキュメンタリー◆30分◆1985年
「モスクワ・エレジー」ドキュメンタリー◆88分◆1987年
「日陽はしづかに発酵し…」劇映画◆138分◆1988年
「ソビエト・エレジー」ドキュメンタリー◆40分◆1989年
「ペテルブルグ・エレジー」ドキュメンタリー◆40分◆1989年
「セカンド・サークル」劇映画◆93分◆1990年
「ストーン クリミアの亡霊」劇映画◆88分◆1992年
「ロシアン・エレジー」ドキュメンタリー◆68分◆1993年
「静かなる一頁」劇映画◆87分◆1993年
「精神(こころ)の声」ドキュメンタリー◆328分◆1995年
「オリエンタル・エレジー」ドキュメンタリー◆45分◆1995年
「オリエンタル・エレジーロシアン・ヴァージョン」ドキュメンタリー◆45分◆1996年
「マザー、サン」劇映画◆73分◆1997年
「オリエンタル・ノスタルジー」ドキュメンタリー◆75分◆1997年
「モレク神」劇映画◆102分◆1999年
「ドルチェ 優しく」ドキュメンタリー◆63分◆1999年
「牡牛座―レーニンの肖像」劇映画◆90分◆2000年
「エルミタージュ幻想」劇映画◆96分◆2002年
「ファザー、サン」劇映画◆84分◆2003年
「太陽」劇映画◆115分◆2005年
「ロストロポーヴィチー人生の祭典」ドキュメンタリー◆101分◆2006年
「チェチェンへ アレクサンドラの旅」劇映画◆92分◆2007年

クレジット

スタッフ
監督:アレクサンドル・ソクーロフ 脚本:ユーリィ・アラボフ
衣装:クリスチャン・ディオール
音楽:ユーリイ・ハーニン
出演:セシル・ゼルヴダキ   R.ヴァーブ   アレクサンドル・チェレドニク   B.ロガヴォイ
原作:「ボヴァリー夫人」(ギュスターヴ・フローベール 新潮文庫・河出文庫他)

1989年=2009年/ソ連=ロシア/カラー128分(1989年版は167分)/DVカム
日本版字幕:児島宏子  配給:パンドラ

劇場情報


アップリンクでの上映決定!
2009年12月28日〜2010年1月10日
詳細はアップリンク(03-6825-5503)


2010年3月10日(水)〜19日(金)神戸/神戸アートヴィレッジ092-751-4268
2010年2月27日(土)〜佐賀/佐賀シアターシエマ0952-27-5116
2月13日〜神奈川/川崎市アートセンター044-955-0107
1月23日〜富山/フォルツァ総曲輪076-493-8815
(上映終了)長野/松本CINEMAセレクト092-751-4268
(上映終了)福岡/KBCシネマ092-751-4268
(上映終了)金沢/シネモンド076-220-5007
(上映終了)沖縄県/桜坂劇場098-860-9555
(上映終了)横浜/シネマジャック&ベティ045-243-9800
(上映終了)大阪/シネ・ヌーヴォ06-6582-1416
(上映終了)名古屋/シネマテーク052-733-3959

リンク

株式会社パンドラ → http://www.pan-dora.co.jp/
シアター・イメージフォーラム → http://www.imageforum.co.jp/theatre/index.html
河出書房新社 → http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309463216
新潮社 → http://www.shinchosha.co.jp/book/208501/
中央公論社 → http://www.chuko.co.jp/
編集工学研究所 → http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0287.html
角川書店 → http://www.kadokawa.co.jp/book/bk_detail.php?pcd=200212000083
スパイラルレコード→ http://www.spiral.co.jp/f_guide/records/index.html
大阪 シネヌーヴォ→ http://www.cinenouveau.com/