2021年11月27日(土)アップリンク吉祥寺にて11:45~『ハーヴェイ・ミルク』上映終了後、
石坂健治さん(東京国際映画祭シニア・プログラマー/日本映画大学教授)によるトークイベントを行いました!

マスクグループ 20@2x

三十数年前、映画館の封切りではなく、かつて西武デパート池袋店内にあった<スタジオ200>という多目的スペースでの上映でした。16㎜フィルムでの上映でした。当時、ドキュメンタリーが映画館でかかることは珍しく、山形国際ドキュメンタリー映画祭も始まっていなかったし、相当注意して探さないと観ることできませんでした。当時は今とは相当異なっていたことに想像力を働かせていただきたい。性的少数者、LGBTQを巡る環境も相当変わってきたことも事実です。変わってないこともありますけど。

サンフランシスコの<市政執行委員>、当時の訳語はバラバラで、市会議員と訳している資料もあります。議員とは異なり、行政の立場から市政を監視するというか、管理する立場だそうです。いずれにしてもハーヴェイ・ミルクさんは何度か落選した後、当選して、しかし、その任を務めていた時期が短かったのは、ご覧になった通りです。

<カムアウト>をどう訳すかなど、字幕の訳語一つ一つにご苦労されたそうです。映画で初めて<カムアウト>という言葉がそのまま使われたのがこの映画かどうかは分かりませんが、少なくともこの言葉が普及するのにこの映画が一役買っているのは間違いないと思います。普通、映画を観る時に配給会社の名前はあまり気にしないで観ますよね。しかしパンドラさんはこのハーヴェイ・ミルクみたいな会社でして、つまりマイノリティ、性的少数者、障がい者、それから地域的にアジア重視で、そうした映画を配給して三十数年。その第一号『ハーヴェイ・ミルク』を今ご覧になったわけです。

私はドキュメンタリーが好きで、当時から小さな上映会を見付けては観ていたわけです。小川プロ(※①)の三里塚闘争の映画を観る時には、政治集会があり、それに映画がくっついているのを観る、という、映画だけを観るような環境ではなかったですね。そんななかで『ハーヴェイ・ミルク』はまず映画だけをあまり予備知識なしに池袋の小さなスペースで観たわけです。私が映画の道に入ったのは、映画を通じて水俣病問題を考えたり、といったところから入ったわけです。受難者、少数者について映画を通じて入っていった、物書きとしては新人だったのですが、『ハーヴェイ・ミルク』を観て感銘を受けたわけです。

完成から40年を経て

この作品が出来てから40年近く経っています。映画から派生するトリビアな部分も含めて若干、おはなししますと、実際の殺人事件が起きたのは1978年。その後、このドキュメンタリー映画が完成して85年にアカデミー賞を受賞しているわけですが、その後もほぼ10年単位で様々な動きがありました。まず、ロブ・エプスタイン監督はその後、性的少数者のドキュメンタリーをいくつか撮っている。恐らく一番有名なのは『セルロイド・クローゼット』(※②)という95年の映画ですが、ハリウッド映画史の中で性的マイノリティがどう描かれてきたかを、100本ぐらいの映画の断片を見せながら進めていく。アーカイブ・ドキュメンタリーと言うのですが、旧い映画を見せながらマイノリティの描き方がどう変わってきたかと、それにプラスして、画面の影に隠れているシークレット・メッセージ、この映画のこの部分は、実は、性的マイノリティの側からみると、実はこういう意味だ、そう言う部分も入っていて、非常に面白いドキュメンタリー。それが監督に関するその後の動きです。

さて、(事件後)何年かして殺人者のダン・ホワイトが出所してくるわけですが、すぐ、自殺してしまいます。85年なのでこの映画の直後という感じでしょうか、したがってこの映画ではそこまでは描かれていません。ガレージに排気ガスを充満させて二酸化炭素中毒で死ぬ、という。ふたり殺しているので、彼が歓迎されるはずはなく、自ら命を絶つのが85年です。このあたりが80年代の動きです。

ハーヴェイ・ミルクの今

90年代もいろいろありますが、99年、「タイム」が選ぶ<20世紀の重要人物100人>、ランキングがアメリカ人は好きですよね、これにハーヴェイ・ミルクが入りました。これは大変なことです。<タイムが選ぶ英雄100人>とも言うのですが、ヒトラーも入っているので<重要人物>くらいに訳したほうがいいでしょう。五つのカテゴリーから20人ずつ選ばれていて、最初が指導者・政治家、ヒトラーやアメリカの大統領がずらっと並んでいます。そもそも全体でアメリカ人59人、イギリス人13人で、英米で72人なので偏っていますね(笑)。二番目が科学者、三番目がアーティスト、四番目が起業家。日本人で唯一ひとり、ソニーの盛田昭夫さんがここに入っています。全体的にアジアは少ない。中国人は二人、ひとりは毛沢東、香港ひとり、ブルース・リーなんです。中国のもう一人は、名前不詳。「天安門事件」の時に戦車の前に立ちはだかった青年。そして五番目のカテゴリーが、人々の心に残る人物、この中に入っています。マザー・テレサ、ヘレン・ケラーとか、評伝でおなじみの人物たちの中にハーヴェイ・ミルク、まだ死後、そんなに経ってないのに、です。これが99年。

それからまた10年近く経って2008年にハリウッドで劇映画『ミルク』(※③)が作られました。今日ご覧のドキュメンタリーのあとで明らかになったことも脚本に入れてドラマにしています。ショーン・ペン主演、ガス・ヴァン・サント監督で、ミルク役のショーン・ペンがアカデミー賞を受賞しています。いま公開中の『MINAMATA』でジョニー・デップが実在の写真家ユージン・スミスを演じているのにちょっと似ていますね。これが次の10年の節目。これが影響したのか知りませんが、翌09年、カリフォルニア州がハーヴェイ・ミルクの誕生日5月22日を<ハーヴェイ・ミルク・ディ>に制定。同じ年に大統領自由勲章が授与されています。これが2008~09年の動きでした。そして最近の動きですと2019年、サンフランシスコ国際空港の一つのターミナルが「ハーヴェイ・ミルク・ターミナル」と命名されました。

今はもうLGBTQを巡る流れは止まらないところまで来ている、その象徴のような人です。ハーヴェイ・ミルクの死から、この映画ができて三十数年経って今日までをお話ししました。性的少数者を含むマイノリティを支援する動き、解放運動も含めてもっともっと広がっていくでしょう。この作品も何度も繰り返し、まだまだ末永く上映されていくと思います。