10/4『新版いのちの女たちへ-取り乱しウーマン・リブ論」
発売記念トークイベント のご報告

10月4日(火)八重洲ブックセンター本店8階イベントホールにて
《『新版いのちの女たちへ-取り乱しウーマン・リブ論』発売記念トークイベント
相模原事件と私たち「誰のいのちも大事」と、「役に立たないいのちは要らない」のあいだ》
を開催しました。

講師は、田中美津さん『新版いのちの女たちへ』著者/針灸師)、
上野千鶴子さん
(社会学者/東京大学名誉教授/立命館大学特別招聘教授/
認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長)。
司会は伊藤比呂美さん(詩人)です。

田中さん:
たまたま見知らぬ知的障害者と電車で隣り合せた際、それがムキムキの大きな男で、見たら
    鼻クソをほじくってた。その瞬間、「こんな奴、いなくていい」と思ってしまった。
    人は「誰より自分がいちばん大事」という生きもの。ということは、 隣の人も、またその隣の
    人もそう思ってるわけで、それゆえどの人の命も〈等しく大切にされなくてはならない〉わけで、
    それが「平等」ということ。<誰の命も大切にされなくてはならない>というタテマエを、自分の
    本音にするには不断の努力が必要で、自分はそうしてきたと私は自負してきた。それだけに、
    「こんな奴、いなくてもいい」と瞬間であれ思った自分がショックだった。

    1974年にダ・ヴィンチの「モナリザ」が来日、展示された際に、自身も障害者の米津知子が、
    ガラス越しにモナリザに赤いスプレーをかけた。障害者は混雑の邪魔だから、1日だけ
    「障害者デー」を設けてタダで入場させるという,政府の「障害者差別」に抗議しての行動で、
    発案したのは私で、私も米津も障害者を貶める政府の処置が、どうにも我慢ならなかったのです。

美津さん@いのちのおんなたちトーク2

    1972年の優生保護法改悪阻止の闘いでは、<産む、産まないは私が決める〉、〈産める社会を、
    産みたい社会を>というスローガンのもとにリブの女たちは結束、改悪派を阻止。しかしその
    過程で障害者団体<青い芝の会>から、「出生前診断が可能になりつつあるが、障害者だと
    わかったら、あなたたちは中絶するのではないか」と問い詰められた。
    それに対し、「そんな障害者差別の中絶はしません」とは言えなかった。そもそも中絶は子殺しだ。
    産むことが自滅につながる暮らしの中で、女たちは昭和23年から、子殺しを背負わされて生
    きて来た。子殺ししつつ、安いパート労働者となって日本の高度成長を支えてきたのだ。
    きれいごとではなく。結局青い芝の会との話し合いは、ペンディングとなった。ペンディングに
    させたというか・・・・。

    今はこんなふうに言うことができる。人間追い詰められると、「誰のいのちも大切」のタテマエは
    吹っ飛んで、「自分が一番大事」が出てくる。満州から逃げてくる時、沖縄でガマ(鍾乳洞)に
    隠れて息をひそめていた時、親は助かろうとして、子どもを殺した。そんなギリギリ生き延び
    たくてした行為を、正義の側から裁ける人間など果たしているのだろうか。避妊の徹底、経済的
    余裕のある暮らしの獲得、〈バーディニティの神話〉や女にだけ求められる貞節の打破等を通じて、
    出来る限り中絶を少なくしていくべきだと思う。しかし、障害児だろうとなかろうと、中絶しなければ、
    嬰児殺しをすることになる、そんな女たちが居ることも確かなのだ。

    それやあれや長年「いのち」について考えてきたつもり。それなのに鼻くそホジホジ青年を隣に見て、
    たとえ瞬間であれ、「こんな奴、いなくてもいいんじゃないか」と考えた自分。
    これじゃ私は、植松容疑者と同じ?

上野さん:認知症患者に会い、認知症の介護の現場で働く人々の話を聞く。
    こんな状態になっても生かしてくれる。生かしてもらえる社会になってよかったと思う。
    相模原事件の加害者と同じ意見の人たちも、高齢社会では私たち誰もが中途障がい者に
    なっていく。いつか死ぬ、死ぬまで生きることが大事。

伊藤さん:私は社会的な発言をしない。三無主義と呼ばれた世代で、学生運動や
    リブの運動の激しかった時代の後の世代だからだと思うが、そのかわり、家族の問題や体の
    問題という、内向きのことを書いて発信することで戦ってきたんだと思う。寝たきりだった母は、
    死にたいというわりには最後までよく食べてよく生きた。独居していた父は、人工呼吸はしません、
    救急車は呼ばないでください等、延命措置をしない旨の張り紙をしていたが、亡くなる数日前、
    それがはがしてあった。生きたいのだなと思った。
    夫は死ぬなんかまったくなかったが、最後には安楽死のことを言い出した。それが妻としては
    とてもショックだった。でも家に帰ってホスピスケアのもとで亡くなったが、そのときには青い空を
    見て、生きたいと言っていたのが心に残っている。

田中美津さん@新版いのちのおんなたちトークイベント

田中さん:どこの国に、どんな親の元に、どんな体で、どんな顔で・・・という生きて
    いく上で決定的ともいえる事柄は何も選べずに人は生まれてくる。障害者もそう。
    中途障害者でも、たまたま事故に合ったり病を得て障害を負うわけだから、偶然の結果である
    という点では同じ。選べなかった自分を生きていくしかない私たち。そういう意味で障害のある
    者もない者も、私たちは横一列の生き物だ。新美南吉の「でんでんむしの悲しみ」と言う童話。
    でんでんむしの殻に詰まっている悲しみとは、「選べなかった自分を生きていくしかない」という
    生きものすべてが負う悲しみなのではないか。
    そう気づいた時、私にとって鼻くそホジホジなんて、どうってことないことに。
    皆、選べなかった自分を必死で生きているんだから、人はただ生きているだけで十分だ。
    そしてそう思う世の中にならない限り、障害者差別は無くならないだろう。
    もうひとつ、日々の暮らしの中で身近に障害者と係われるようになりたい。
    一緒に遊んだり、一緒に夕焼けを見たりしながら、知らないがゆえの偏見や恐怖といった
    囚われから自由になりたいと思った。

    障がい者差別はなくならない。人ぞれぞれ、それぞれそのように生まれてきた。どんないのちも、
    命でしかないのだ。<ただ生きている>というだけで、受け入れられる社会にならなければならない
    と思う。半世紀前出した本作に込めたメッセージを、新版として改めて送ります。